7月基礎講座を開催
「被爆証言を聞く ー古家美智子さんー」

7月基礎講座古家美智子さん7月のWFC Hiroshimaを つ・た・え・る基礎講座
「被爆証言を聞く ー古家美智子さんー」にご参加下さりありがとうございました。
 
お話下さった古家さんにおかれましては、早朝から遠方よりWFCまでお越し下さり心から感謝申し上げます。ありがとうございました。
 
参加下さった皆様の感想(共有可能)を共有させて頂きます。
 
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(60代)
私は、被爆体験伝承者の研修を受けています。被爆者の方々は、ある程度の月日が過ぎて、ご自身の被爆体験を語られる方が多いですが、被爆者も家族も戦争はまだ続いていることをどなたからも実感しています。
今日は、古家さんの語りはじめられたきっかけとなったことについてお聞きし、私たちが伝えないといけないことは、被爆者の体験だけでなく、その思いであることを知ることができました。
 
(60代)
被爆証言の英語朗読を外国人の方にしています。
8月6日当日、その後の家族の方々の詳細な動きをお話し下さり、かつ被爆者の方が成長する上で体験された事、その時のお気持ちを語って下さったことを大事にしたいと思います。核兵器廃絶運動に効き目があるのは被爆体験者の生のお話しだと信じています。
マツダ勤務の時、アメリカ人の方が返された言葉「パールハーバーを・・」ことは、今も言われます。しかし、真珠湾は軍事施設で一般市民は巻き添えにはなってりません。
今日のお話しで「被害者意識の中からは何も生まれない」という御言葉に感銘を受けました。
 
(70代)
3歳の時に被爆され、常なら記憶に残らないかもしれない年頃の恐ろしい体験として刻まれたのだったと、痛ましい思いでお聞きしました。
私は愛知の空襲は、0歳から1歳でしたから、まったく記憶にありません。ただ3歳の肺炎の時のことは、死の恐怖として残っています。
改めて戦争により幼子を傷つけることは、あってはならないと思いました。
広島へ来て30年、「きっぽ」という言葉を初めて聞きました。そういえば広島に来て間もなくのこと、近所の人たちが集まっているところに近づいていくと「滝さん、来ちゃった」と言われ、来てはいけなかったんだと帰りかけると、びっくりして止められました。広島では普通に「来たよ」という意味合いの表現だと知りました。
ひろしまを伝えることが私にできるか、考えながらの2時間でした。
 
(40代)
オンラインではありますが、直接にお話をお伺いし、大変有り難く存じました。ご体験からの一言ひとことがどんどん過ぎてしまうようで、貴重なときでした。心より感謝申し上げます。
本通りのお店があった場所、被爆された上柳町の場所にも立ちたいと思います。
原爆資料館にご寄贈されたガラス片、もし皆様と拝見できる機会があれば幸いに存じます。
ガラスが刺さって、ということは、話には聞いていましたが、本やテレビで聴くのと、直接にお話を聞くのとではまったく違い、それにしても、想像を絶することですので、私は少しでも自分のなかで受容できるようにと思っております。
まだまだ自分のなかで消化しきれておらず、感想がまとまりませんが、ありがとうございました。古家様、どうかご自愛ください。スタッフの皆様も誠にありがとうございました。